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2012年 新春インタビュー 木村社長に聞く 「破壊と創造を先取りする」



九龍図巻 陳容画(南宋) ボストン美術館蔵
九龍図巻 陳容画(南宋) ボストン美術館蔵

<破壊と創造>

破壊と創造

「破壊と創造」といえば、まず震災が思い浮かびます。

社長 被災地では、本格的な復興が始まっています。20兆円ばかりの復興需要がやってきます。単に元に戻すのではなく、創造的な復興を願います。 しかし破壊が終わって、「さあ創造」だと言っても、日本全体でみれば、次の大地震がいつ来るかわかりません。実は東北も、北海道沖の大地震が起きれば、また、津波が押し寄せてくるでしょう。東海・東南海・南海の連動型の可能性もあり、首都直下型の可能性も指摘されています。私は東北の復興ということより「東北の地震は単なる予兆に過ぎない」という視点に立つ事のほうが重要だと思っています。

本番はこれからですね。

社長 破壊と創造を単発で考えるより、繰り返しの事象と考えなきゃいけない、と思います。

しかし、復興が始まれば、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ということになってしまいがちです。

社長 同時に繰り返し事象の根底にあるものをしっかり把握する必要があります。

地震が繰り返すのはわかりますが、その根底にあるのは地球物理学的なダイナミズムでしょうか?

社長 その通りです。プレートテクトニクス等の地球規模のダイナミズムです。しかし把握するといっても、実はすぐに把握できるものではないのですから、そのような視点もまた必要です。

ダイナミズムは存在するけども、人間が把握できるのは、その一部だということですね。

社長 想定というのは仮定に過ぎないのです。学説というのも仮定に過ぎないのです。

「想定外」を「想定」しなければいけないのでしょう。

<ふくしま50>

ふくしま50
社長 しかし、日本人は本当自虐的です。日本の復興の速さには世界は賞賛していますよ。それから、福島原発内に立てこもって命がけの作業を続けてきた人達。

海外ではFUKUSHIMA50 として賞賛されています。特に中国の賞賛がすごいのです。

社長 まさに私のいう「現場主義の武士道」でしょう。石原慎太郎が放水した消防士に涙を流すのは良くわかるが、立てこもって対応している人達になんで感謝しないのでしょうか?消防士も危険だったろうが、福島50はその百倍危険だった。まさに想定外だ、マニュアルも何もない作業だった。電源喪失して計器が作動しないから、何も内部の状況がわからない中での、手探りの作業でした。しかも再臨界の可能性は現場が一番知っています。

作業の手順を間違えた、と非難する人がいます。

社長 間違えたと言っても、マニュアルがないわけですから。万一間違えたとしても、武士道としての意味が消えるわけではない。これは結果の問題ではない。万一再臨界しても、行為の意味は歴史に残るでしょう。

失敗したとしても、命を懸けた仕事の意味は歴史に残る。ただ使命感だけが彼らを動かした。

社長 しかも再臨界し爆発した場合、ほとんど彼らの生存の可能性はない。

菅さんが言ったように、彼らの命どころか、東日本が壊滅になりそうでした。

社長 50人の命に日本の存亡がかかっていました。ただし、50人というのはちょっと説明が必要ですが。

50人を残して撤退するという案があった。実際は全員撤退しなかった。

社長 いや、一号機と3号機で水素爆発が起きた後、3月15日に4号機で爆発と火災が起き、東電は復旧作業のため50~70名の人員を残して、7~8百名近い人員を一時退避させました。この50~70名の残った人達を海外メディアは「ふくしま50」と報じました。ただし翌日以降は100名単位で人員が戻されました。多くの人員の中には高額の給料につられて応募した人もいるかもしれないし、危険を理解せずに応募した人もいるかもしれませんが、残った50~70名は命がかかっていることは十分理解していたでしょう。

しかし不幸中の幸いで、メルトダウンしたけれど再臨界は起こらなかった。また神風が吹いたのでしょうか?

社長 幸い、地震直後制御棒はちゃんと降りた。もし制御棒が降りなかったら。メルトダウンし、再臨界が起きていた可能性が高い。制御棒が降りた状態でのメルトダウンでは、燃料と一緒に制御棒も溶けて、溶けた制御棒の成分は制御機能を維持しています。

貯蔵プールの使用済み燃料棒も大丈夫だった。米国はこのプールの危険性が一番と判断したらしい。

社長 地震や水素爆発でプールや燃料棒が破損すれば大惨事に繋がった。

<国債のデフォルト>

国債のデフォルト

「破壊と創造」としてもう一つ、国債のデフォルト挙げていらっしゃいますが・・・

社長 一体改革での消費税、10%アップでも、財政は均衡しません。おそらく30%程上げないと均衡しないでしょう。日本国でそのような増税がはたして可能かどうか、かなり疑問です。また歳出削減についても、実効性のある削減ができるかどうか疑問です。税収は、空洞化等の影響で増える可能性は低いと思います。等々考えると、最後は国債のデフォルトになってしまいます。

織田信長みたいな政治家が現れないと、難局を切り抜けるのはできない。しかし、そのような政治家は日本の文化が嫌うでしょう。

社長 原子力の問題も似たとこがありますが、少数の意思決定の責任が必要なのに、それは文化が受け付けないのです。マアマア、ナアナアの世界ですね、日本の文化は。織田信長の反対の極の人間が責任者になるわけです。斑目教授みたいに。

日銀も似たところありませんか?

社長 迅速な意思決定を好まない。それが健全な通貨の番人である、と思っている。

もし日銀が機敏に動けば、国債のデフォルトは回避できますか?

社長 日銀が国債を大量に買えば、国債のデフォルトを回避できます。そのような事は日銀が良く知っていて、その方向に一歩踏み出しているわけです。また、切羽詰まれば大胆な動きをするという覚悟もあると思います。しかし、機敏な動きはできません。日銀がタイミングを外せば国債のデフォルトは短時間で進行してしまいます。

日銀が国債の購入を躊躇うのは、ハイパーインフレを懸念すると、言われていますが・・・

社長 相当通貨を増発しなければいけないのですが、通貨を大増発すれば、インフレが起きます。そして物価上昇は円安を引き起こす。これによって輸入物価が高騰するため、インフレがさらに加速してしまう。したがって日銀は必ずしもデフォルトの切り札にはならないのです。

通貨の発行権の一部を政府が持つという手もあるのではないですか?

社長 埋蔵金を引き出し、当面の危機を回避するという手もあるかもしれません。しかし、政治もそんな機敏には動けません。ここでもまた、日本の文化の壁に当たります。

 

破壊と創造のダイナミズムいかに先取りするか?

「創造的破壊」という言葉がありますが、シュンペーターという経済学者が述べた言葉です。

社長 シュンペーターは「経済発展の理論」という著書で、「創造的破壊」により経済が発展する事を述べました。イギリスの産業革命期の鉄道のような革新を想定しています。鉄道により馬車は衰退するわけですが、それで面白い事を言っています。「馬車を何台つなげても汽車にはならない」と言っています。

蒸気機関という技術革新(イノベーション)で馬車輸送というシステムが破壊され、鉄道輸送という輸送システムが創造される、ということですね。

社長 シュンペーターは経済の根底にあるダイナミズムを明らかにしたのです。ちょうど地震とプレートテクトロニクスの関係みたいなものです。「破壊と創造を先取りする」という年度方針をシュンペーター風に解釈すれば、「経済の根底に流れるダイナミズムを把握して、その未来を読み取る」という風に解釈できます。

シュンペーターと同時代にケインズという経済学者がいますが、この関係はどのようになりますか?

社長 実はシュンペーターとケインズは同じ年(1883)に生まれたのです。簡単に言えばケインズは恐慌という資本主義の現実的問題にどう対応するかを考えたのですが、シュンペーターは資本主義のダイナミズムを解明する事を考えたのです。全く性格の違う経済学ですが、現代にいたって、場合によっては対立的に持ち出されているのだと思います。

「政府の公共投資は単なる土木工事ではいけない。産業のイノベーションを起こす投資であるべきだ」といわれたりしますが、このようなところで二つの経済学が顔を出してくるのでしょか?

社長 多分「供給サイドケインジアン」とか言われるのは、そのような話だと思います。

社長は良く技術革新と文明とか歴史という話をされていますが、この辺は年度方針とのかかわりはありませんか?

社長 シュンペーター理論の経済の発展を世界史の発展とすれば、世界史の発展のダイナミズムの考えに繋がってきます。 その意味で、かなり影響を受けているかもしれません。ひょっとしたら、私が昔からいう「唯石論」もシュンペーターにかなり影響されてのものかもしれません。