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1999年 新春インタビュー 木村社長に聞く 「日本列島総不況」


The Crisis of Global Capitalism

昨年の年頭はアジア通貨危機と大型経営破綻の直後でした. 政府の政策転換と景気刺激策にもかかわらず,景気は一向に改善されないまま一年が過ぎました.
この辺からうかがいましょう.

社長 倒産が続出し,失業率は日米逆転で4.4%の最悪です.
株価はどんどん下がって1万3千円台,まさに「日本列島総不況」という感がします.
私は次の三つのシナリオを考えています.
第一が好転のシナリオ,第二がカンフルぎれのシナリオ,第三がクラッシュです.
第一のシナリオでも底から上向くのは,来年秋以降とみています.
第二のカンフル切れは景気刺激策でGDPはマイナス0.5%程度まで改善されますが,長期にカンフルを打ち続けると,効かなくなってしまいズドンと落ちてしまうシナリオです.
そして第三のシナリオがクラッシュです.

ニューヨークのバブルが弾けると,一緒にクラッシュですね.

社長 ニューヨーク暴落を待たなくても,このまま倒産が増えていけばクラッシュです.
60兆の公的資金で銀行処理に進みますが,何十兆を入れても全くアウトプットが出てこない可能性があります.
そうなると体力のない所からどんどん倒産が加速していきます.
第一のシナリオが40%,第二が40%,第三が20%の出現確率としておきましょう.

JRMグループの対応戦略は?

社長 昨年7月に全面撤退の指令を出しています.
撤退作戦を粛々と遂行する,それに尽きます.
撤退作戦をうまくやった企業が生き残り,出来ない企業が沈んでいく,生き残った企業は勝者です.
競争相手の多くが沈むんですから.
生き残った企業は市場競争に勝つことなく,市場シェアーを拡大できる.
すべては撤退作戦の成否にかかっています.
そういう意味で本年度の社長方針は「徹底が好機を生む」としました.

グローバリズムの終焉

年明け5日の仕事始めの席で,グローバリズムの転換,と言う話をされていましたが,10日の12チャンネルの番組でキッシンジャー博士が同じようなこと言っていました.

社長 興味深く私もその番組をみてましたが,全く同じことを言っていました.
「グローバリズムは終わった」と言っていたし,また「絶対的個人主義に基づく今のシステムが生き残るとは思わない」とも言っていました.
私はロシア危機が転換のきっかけになったと思っています.
ロシア危機以前は日本発中国経由世界同時恐慌というシナリオでしたが,起こったのはロシア発中南米経由アメリカ着で,日本は蚊帳の外.
そしてあのノーベル賞学者を2人抱えるヘッジファンド,LTCMが破綻してしまった.
そして円安の流れは,円高に変わった.

ヘンリー・キッシンジャー
ヘンリー・キッシンジャー氏

そもそも「グローバリゼーション」とはなんなのでしょうか?

社長 自由金融市場の国際化がポイントですが,市場機構を信頼する市場主義というような思想領域の事柄も含んでいるし,また情報化ということも絡んでいる.
米国の文化から生まれたから,アメリカニズムという表現もされている.
そのようなものを地球上に普及させるということでしょう.

システムの普及と思想の伝導が一緒になっているような感じですか.

社長 情報化や金融工学という技術の普及から,自由主義や民主主義の思想の伝導,そして宗教的臭いもぷんぷんとしている,と私は考えています.
だから反撥も強い,
歴史的にはニクソンショックの後の米国,英国,西ドイツの取った経済政策が根本にあります.
レーガン,サッチャー,コールのとった政策です.
経済学的には,新古典主義,マネタリズム,供給サイドエコノミイと呼ばれるものです.
この経済政策の基本は,自由放任主義です.
「神の見えざる手が働く」市場に任せるという考えです.
第二次大戦後からニクソンショックまでは,国家なりが経済に介入するケインズ主義が経済政策の主流でした.

ジョン・メイナード・ケインズ

グローバリズムの終焉ということは,ケインズに戻るということですか.

社長 そういうことです.
ただし誤解していけないのは,金融や情報通信のボーダレス化が止まるということではありませんし,必ずしもアメリカニズムが敗北することでもありません.
自由放任を修正する事により,安全で柔軟な金融や情報の革新,国際化の可能性が生まれます.

ケインズの右,アメリカニズムの左

グローバリズムの終焉よりグローバリズムの修正と言った方が良いのではないですか?

社長 難しいところですが,私の考えからいけば,その方がいいかもしれませんが,世界でブロック化が進むことも事実です.
しかしヨーロッパは「グローバリズムの終焉」と考えるでしょう.

多分,ユーロ通貨の誕生やヘッジファンドの動き等も絡んでの話かと思いますが,では日本はどうすれば良いんでしょう.

社長 日本は社会主義の国という人がいますが,もしそうだとすれば,現在日本はケインズのズーッと左に位置している事となります.
日本は目標をケインズとアメリカニズムの真ん中位に定めれば良いと思います.
多分EUの目標はケインズの左,社会主義の右ですが,しかし,これではEUはアメリカニズムに勝てないと思います.
多少負けても通貨と文化を集団で守るというのがユーロの立場ですが,日本はブロックを作る仲間がいないから,単独なら,ケインズの右が良いと思います.
ただしそのときは,文化をどうして守るかということが日本にとって大きな課題になります.

ドイツのブレアーは社会主義でもない,アメリカニズムでもない,第三の道と言っていますが,そうすると第四の道になりますか?

社長 そのとおり,第四の道です.
どうもヨーロッパの第三の道はかなり負けそうだ.
もし,ヨーロッパが成功したとしても,日本は第三の道ではうまく行かない.

ヨーロッパがアメリカニズムに勝てないということは,やはりアメリカニズムが進展するということですか?

社長 アメリカニズムは試行錯誤を繰り返しながら,より安定なものになっていく可能性があります.
米国の世界支配(パックアメリカーナ)は抵抗を受けるけども,ますます強固なものになっていくでしょう.
ドルの完全支配は成り立たなくても,軍事,経済的に(文化的にも)米国のパックスアメリカーナは確立しているわけです.
ただし一つ条件がつきます,米国のクラッシュが起きないことが条件です.
現在の異常な米国株価の水準は危険な状況と判断せざるを得ません.
うまくソフトランディングしてくれればというのは,世界が望んでいることでしょう.
現状から安定化しても,アメリカの方式は強さと危険を同時に持っています,ハイリスク・ハイリターンの道を歩んで行くというのは変わりがありません.

唯石論的解釈

社長の唯石論から解釈するとこの辺の話はどうなるでしょうか?

社長 通貨危機やグローバリゼイションの問題は,一つは冷戦後の世界の動きとして捉える必要がありますが,その視点を歴史的に広げると,米国の世界支配やアングロサクソンの世界支配という歴史の中でとらえることができます.
もう一つの視点は技術革新の側面からみることです.
両方を統合して捉えると,蒸気機関の技術を利用して世界支配したのは,英国でした.
蒸気機関に次ぐ内燃機関等の技術革新を利用して世界を支配したのが米国でした.
現在米国は情報技術という次の技術革新で世界支配を延長しようとしているのです.
その情報技術の根本は集積回路の集積度の継続的な上昇です.
Windowsも暗号技術も,電子商取引の技術もすべて集積回路の革新にのっかっています.
実は金融工学やFT(金融技術)も情報技術の金融への応用です.
根本は集積回路です.
よく米国がドル札を大量に印刷した結果,大量のドルが世界に流通して,バブルを引き起こしたり,ヘッジファンドの横行を許している,と言われますが,ドルの量の増大より,ドル流通の高速化の方がはるかに影響が大きいのです.
高速化はコンピュータによって行われています.
マネーが流通しているのでなく,光の速度で情報が流通しているのです.
その様な世界の経済や金融を考えるには,制御系のモデルでかんがえると非常にわかりやすいのです.
制御系モデルで伝達速度が急速化すると,あっという間にシステムの安定性は失われます.
決して「神のみえざる手」で自然に安定化なんて出来ません.
古典的な経済理論は物やマネーが流通することが前提になっていて,光速の情報の流通を対象としていません.
株の空売りなんてのは,制御系での負性抵抗みたいなもので,抵抗というのは常識的には正ですが,負の抵抗なんて非常識なものが制御系に出現すると,簡単に乱れてしまう.
だから安定領域に制御系を納めるという作業が極めて重要になるのです.
この類推から,いまの金融のグローバル化ということを考えるとどうしても,規制,制御,ということが,自由よりも優先してくるのです.
私は国家レベルでも,国際レベルでも,コンピュータを使った制御がひょっとして必要と考えています.
でもこれは,実際米国では,SECがコンピュータを使った,インサイダー取引のチェックを行っているから,かならずしも目新しい話ではありません.
国際機関がそれを行うというは,わたしの提案が世界で最初かもしれません.
ただしこれは社会主義による統制経済を目指すものではないことを付け加えておきます.

集積回路に始まる技術革新とアングロサクソンの世界支配という歴史の流れを併せて把握すれば,現状や未来が見えてくる,ということですか?

社長 蒸気機関に始まる技術革新の流れと,産業革命から始まる,経済の流れと,アングロサクソンの世界支配という国際政治の流れ,この三つの世界史の流れを,統合して考えると目からうろこが落ちるように,世界の現状,通貨危機もヘッジファンドも,ユーロも見えてきます.
もしアングロサクソンの支配を終わらせようとするなら,通貨のブロック化程度では歯が立ちません.
まずはインテルのCPUの独占を阻止しなければいけません.
そしてマイクロソフトのOSの独占も阻止しなければいけません.
そこから始めなければ,Noといえる日本にはなれません.

米国の陰謀

米国の陰謀という話を,石原慎太郎もいっています.アジア通貨危機も米国の陰謀といわれたりするわけですが.

社長 何とかの陰謀と言うとき,危ないのはイラクや北朝鮮や中国もそうでしょうが,純粋な集団がいて,それが政治や経済を動かしているという様な誤解を産んでしまうことです.
けっして米国は特定の集団によって支配されているわけではありません.
権力分立の政治形態の国ですし,実際は様々な人々の多様なメカニズムで国家の意志決定がされていくわけです.
それでもそのなかで,アングロサクソンは社会で比較的に力をもっていると言うことです.
ただ文明という視点で考えるなら,やはりアングロサクソンということになるわけですが,

松下電器みたいなものですか?創業者は松下だけど,けっして松下家が会社を動かしているわけではない.でも松下哲学は影響力を社内に持っている.

社長 松下家は最大個人株主だが,米国の最大株主はユダヤです.
かといってユダヤは人種で,一家みたいに結束があるわけでない.

ユダヤの陰謀というのもその辺があやしい,

社長 ユダヤ人はユダヤの利益で動いているわけではない,ユダヤ人がそれぞれ自分のためだけの利益で動いているわけです.

文明の衝突

宗教的には,ひとつの目的に向かっていることになっている. 問題は,たてまえと現実の混同かもしれません.
はなしが文明的なところに入っていますので,ちょっと視点を変えますが,サミュエルソン・ハンティントンの「文明の衝突」はやっと日本語の本がでました.
正月のテレビ番組でインタビューが一時間ほど流されましたが,興味深くみました.この辺の視点からいかがですか?

社長 サミュエルソン・ハンティントンの論文『文明の衝突』と『文明でないのなら,何なのか?』が「フォーリンアフェアー」に出たのは6年前ぐらいですか,それを読んだとき自分とよく似た考えをする人がいるな,と思いました.
簡単にまとめると,「冷戦が終わると,イデオロギイの対立はおわり,文明の対立に戻る」というものです.
ただ冷戦も文明の対立として考えたほうが良いと私は考えています.
アングロサクソン対スラブロシアの対立です.
昔私の学生時代に,松村謙三が「毛沢東は共産主義ではない」と何度も言ったのを聞きましたが,単に文明の対立とすると,当時の中ソ対立もよく理解できます.
文明と言う視点を私自身考えはじめたのは,学生時代トィンビーを読んだ時だと思います.
文明というものを私は,言語や伝統や文化などの基本ソフトを共有している集団としてみています.
ハードウェアは血族ですが.
ハードウェアの違いより,基本ソフトの違いの方が,重要だと思っています.
良く日本人は単一民族かどうかという議論があります.
単一民族でないという論拠として,シベリアや南方や中国や韓国が全部混血している雑種だということがいわれます.
しかし,言語や文化という基本ソフトで見ると,縄文時代から単一の流れになっているわけです.
だからやはり日本文明は特殊でアジアでひと括りできません.
サミュエルソン・ハンティントンはそのことをよくわかっていて,日本をアジアの中で区別しています.

サミュエルソン・ハンティントン
サミュエルソン・ハンティントン氏

だから日本が主導権をとってアジア通貨ブロックをつくることは出来ない.

社長 そういうことです.

日本人のハードウェアの話は最近の研究でかなり分かってきたらしいのですが,本日の主題からはずしましょう.
テレビのインタビューで,興味深かったのは「インターネット等のコミュニケーションの発達が,文明の垣根を崩すのでは」という質問がありました.
答えは「その影響は小さい」ということでしたが.以前この辺の話を社長よりお聞きしたことがあります.

社長 私は影響が大きいと思っています.
ただし影響は文明の垣根をますます強くて,高いものにすると思います.

その辺がよくわからなかった.

社長 EUのブロック化が一番の例です.
EUの関心事は,米国の支配への対抗です.
特に対抗心が強いのはドイツとフランス,そして「ヨーロッパの文化を守る為」と言っています.
グローバリゼイションはコンピュータネットワークによって進展するものですから.
通信のネットワーク化がヨーロッパの文明を守るためのブロック化を生み出した,ということです.

ちょっと,いまいち納得がいきません.文化を守ろうと言うことは,文化を壊そうという力が働いていることですね.

社長 壊そうという力は,守ろうというもっと大きな力をうみだしてしまう.
こういう例は適切でないでしょうか?
マックを使っている文明とウインドウズを使っている文明があったとします.
この文明内と文明間でインターネットのネットワークが構築されたとします.
情報が大量に流れても,けっしてOSが一緒にはなりません.
言語も一緒になりません.
言語とあまり関係のないマネーや株などの金融情報は文明間を大量に流れますが,A語の情報はA文明の中だけ,B語の情報はB文明の中でだけ流通する.
これで文明の壁が崩れますか?

あまりにもスッキリした話ですが,EUの統合はどうなりますか?

社長 EUの統合はヨーロッパ文明を守るためにできたものです.
しかも,統合されたからといって,言語は統合されません.
フランス人の鼻の高さはそのままで,ドイツ人のケチなのも決して変化ありません.
国家の枠組みが弱くなりますが,ヨーロッパ文明は弱くなりません.
私は世界をグローバルにみるには,地球は三つの層で覆われているとみています.
一番下の層が文明の層で,二番目が近代の層で,三番目が電気通信の層です.
第三層はコンピュータネットワークですが,第一層は人間のネットワークです.
第二層は近代が産んだもの,例えば国家のシステムで,政治システムや経済システム,法体系,官僚システムなどです.
第三層が発達すれば,第二層に大きな影響を与えますが第一層には間接的な影響しか及びません.
第三層が第二層を破壊すると,一般常識に反して,第一層が吹き出してきます.
イデオロギーは多分第二層に属します.
イデオロギーが崩壊すると,宗教や民族紛争が吹き出してしまいます.
これが,ハンティントンの言っていることです.

なるほど,その理論は大分前に聞きましたが,社長のオリジナルですか?

社長 まだだれも言っていないから,オリジナルです.
「唯石論」は最近似たような事を言っている人がいます.
でも私のは10年以上前の作品です.
三層論は5年前の作品です.
第二層の形成の原動力は蒸気機関の開発をスタートとする科学技術です.
第三層は集積回路の発達が原動力です.
ここではじめて「唯石論」と「三層論」は交差するわけです.
第二層の原動力をさらに根本に遡ればニュートン力学,第三層をさらに遡れば,量子力学に行き着きます.

ここまで聞いたのは初めてです.それでは第一層はなにに行き着きますか?

社長 宗教かな?いや残念だが,そこははっきりしない.

戦争論

以前,大平洋戦争も文明の対立だとか言う話を聞きましたが.

社長 学生時代に林房雄の「大東亜戦争肯定論」という本を読んだことがあります. この本はそのように言っていました. たまたま当時一般教養で中国現代史をとっていましたが,中国の植民地化をみた日本の明治の指導者は「脱亜入欧」となったわけで,その辺が私の頭の中でうまく結びつきました. ちょと品の悪い言い方ですが,「白人を真似した黄色人種が,白人に叩かれた」と言うように当時は解釈しましたが,この本は,なにせ70年安保の時代に出たわけですから,危険な本と言うことで,当時大反響というか,ごうごうたる非難を浴びました. 最近よしりん(小林よしのり)が「戦争論」を書いて,非難にさらされているのをみて,当時を思い出しました. しかし,戦争論はマンガですよ,よくうれましたね. 「大東亜戦争肯定論」も良く売れましたが,どっちの部数が多いのでしょうか?

小林よしのり
小林よしのり氏

「戦争論」の感想はいかがでしょうか?

社長 「戦争論」は作者の思い入れが相当強く入っていますが,興味深く読みました.
その後批判が色々ありましたが,宮崎哲弥の批判が面白く感じました.
「戦争で死んだ人はみんな犬死にだった」と宮崎はいっています.

宮崎哲弥
宮崎哲弥氏

社長はどちらですか?

社長 じつは,両方なのです.
両方だという簡単な事実に世の中の人はなんで気づかないのか不思議です.
まあどっちかに偏って議論しないと盛り上がらないのでしょうが.
昔子供の頃,誰かが,こう言っていました.
「兵士は,みんな『お母さん』といって,死んでいった」なるほどと思うと同時に,この言葉にはウソがあると感じました.
『この人は本当に兵士が死ぬところを見たのかなあ』って思いました.
しかし,多くの兵士はやはり悲惨な死に方をしたでしょう.
それでも,堂々と死んでいった兵士も結構いただろうと思います.
これが私の戦争論の出発点です.
堂々と死んでいった兵士に対しては,立派であったと思います.
悲惨な死に方をした兵士に対しては,かわいそうだった,と思います.
大平洋戦争に関して,評価する事は,多くの場合単なる結果論であり,歴史の現場に立てば,そう簡単にはいかないと思いますが,末端の兵士にまで高度のモラルを要求した事が,玉砕などの,悲劇を生んだのでは,と思います.
この点が悔やまれますが,これも歴史の後追いというやつでしょう.
後から評論すれば何でも言えますが,その場に立てば,大きな制約条件のなかでの行動ですから,やむをえないことが多いのです.
「文明の対立という歴史の流れの中で,大平洋戦争は起き,悲劇も沢山あったが,英雄も,『大きな物語』もあった」というのが私の感想です.

話は盛り上がってきたのですが,この続きは改めて後日ということで,今日のところは終わらせていただきます.ありがとうございました.