HOME > 社長室 > 2000年 新春インタビュー 木村社長に聞く 「景気はどうなる?」

2000年 新春インタビュー 木村社長に聞く 「景気はどうなる?」


TOP-P

景気はどうなる?

まず例年どおり、景気の動向についてお聞きしましょう。

社長  シンクタンクやエコノミストの2000年のGDP予測は平均1%程度で、政府の予測に近くなっています。私のシナリオは、好転70% カンフル切れ20% クラッシュ10%です。好転かどうかはっきりしてくるのは、秋以降です。この点も政府の見解と同じです。昨年日本の経済が、年初の民間予測よりよくなっているのは、公共投資が効いたのと同時に、輸出が効いています。輸出はアジアの予想以上の回復に支えられています。しかしアジアの回復は、米国のバブルのおかげでしょうから、米国のバブルが破裂すると、どうなるでしょうか?  米国のバブルのクラッシュは、一応10%の確率としましたが、これが良くわからない。大丈夫と言う人もいますが、明確な答えが出てきません。どうも神様しか分からないらしい。

堺屋経済企画庁長官
堺屋経済企画庁長官

景気対策で相当の金をつぎ込みました。

社長  橋本政権で64兆円、小渕政権で84兆円をつぎ込みました。おかげで国債残高は364兆円、国と地方を合わせた長期債務残高は647兆円、GDPの30%も上回ってしまいました。これで景気が好転しなかったら、目も当てられません。

もし目も当てられないことになったら、どうなるでしょうか?

社長  さらにカンフル剤をうち続けるか、超緊縮財政に切り替えるか、選択肢は二つです。  カンフル剤をうち続けて、行き着く先は廃人(破産国家)です。超緊縮財政では、国家の破産はまぬがれますが、企業倒産や自殺者が続出します。あなたならどちらにしますか?

だから、ITに期待するしかないですか?ITの本家、米国で起こっていることは革命ですか、それともバブルですか?

社長  両方と見る必要があります。そもそも革命なんていうものは、一気に行く場合もありますが、普通は紆余曲折の末に出来上がるものでしょうから。日本のバブルも日本的経営が世界から賞賛を浴び、エレクトロニクス産業が世界の先端を走っていたときにおこりました。米国も情報通信革命の真っ只中にバブルが起こっています。どうも革命とバブルは同時に起こるらしい。  
 米国で起こっていることは、単なる技術革新ではなく、情報通信の技術革新と市場経済主義の相乗作用みたいなものでしょうか? 一応まったくの市場原理主義ではなく、市場原理主義には修正がかかってきていると考えてよいでしょう。連邦政府のコントロール下にある、ということになっていて、グリーンスパンFRB議長は市場も信頼しているというようなことになっています。LTCMの処理もうまくいったものだから。でもバブルには間違いありません。果たして軟着陸できるかどうか見物です。大統領選挙前に本格的な調整に入れませんので、軟着陸体制に入るのは、大統領選以後です。  
 しかし日本にもバブルが飛び火しています、ヤフージャパンは一株一億円にまで上がりました。先日ソニーの新年パーティーで、出井社長が言っていました、「ソニー株もあまり高いので、気持ちが悪い」と。

グリーンスパン米連銀理事会議長
グリーンスパン米連銀理事会議長

日本も米国のバブルに巻き込まれるということですか?

社長  巻き込まれれば、日本経済の再建のスピードが早くなる、というメリットがありますが、それはクラッシュがなく、軟着陸したらの話です。

ITは経済を牽引できるか?

情報通信でバブルを引き起こせても、実体経済の牽引車になるでしょうか?

社長  ボストンコンサルティンググループの堀紘一氏が、ソフトウエアの生産性の悪さを考えると実体経済にそう簡単に影響しない、と言っていましたが。あの人はおそらく実際は情報機器を使っていない人でしょう。「ソフトウエアの危機」というのは、メインフレーム時代の話で、現在のクライアントサーバー方式では、ソフトは既製品のみで、オーダーする必要がない。既製品だけですぐに企業や様々な組織ですぐに稼働させられる。別な言い方をすれば、今設備として組織に導入されようとしているのは、いわゆる基幹システムではありません。分散型のクライアントサーバーシステムです。どんどん入れればいいだけです。もちろん個人ユースのシステムでも同じことです。買ってきて結線すれば、主婦でもOLでもすぐにつかえる。すぐにメイルができて、ホームページがみられて、デジタル写真の編集もできる。
 似たような話があります。学校に生徒一人に一台パソコンを配ろうというアイデアがありますが、教える先生がいないから無理だという話です。生徒の前にパソコンを置いてやれば、先生なんか必要はない。勝手に生徒は動かしますよ。情報通信革命の進展を阻害するのは、固い頭です。

中長期的には実体経済の牽引車になりうると思いますが、今直面している日本の景気回復の牽引車になれるでしょうか?

社長  それはわからない。なり得たら景気好転で、なり得なかったらカンフル切れです。

最近IT分野で日本は米国への追撃態勢を整えつつあるという話を聞ききますが、この辺の話は景気好転の有力な材料かもしれません。

社長  パソコンはデジタル家電に取って代わられるとか、という話は前からありますが、NTTドコモのiモードの携帯電話が昨年売り出して、3~4百万台売れたので、状況に大きな変化が起きていると言われているわけです。そういう変化のおかげで、秋の米国のコムデックスでも基調講演でソニーの出井さんが喋りました。パソコンはネットワークの方が重要になっていきますが、家電と携帯がパソコンネットワークに取って代わることはないと思います。情報家電や携帯電話は新しい市場と考えた方がよいと思います。したがって情報家電や携帯を征することが、ITを征するとは言えないのではないでしょうか?ついでながらネットワークで重要なのは、サーバーですが、この分野でトップはサンマイクロですね、追撃しているのがマイクロソフトです。2社とも米国の企業で、日本の企業ではありません。しかも情報家電でJavaと言うソフトが今後使われる可能性がありますが、これはサンマイクロのものですね。追撃体制に入ったと言えるかどうか?ちょっと疑問ですね。しかし日本にとって得意な分野にITが入ってきたことは事実です。この関連でもうひとつ重要なことを思い出しました。IT情報通信技術がFT:金融技術の革命をもたらしこれがまた米国の経済の好調を支えているわけですが、金融技術分野の特許の出願が近年急増しています。出願しているのはほとんど米国の企業です。

鎖国も日本の選択肢か?

IT革命を日本でも起こすとすると、例のグローバルスタンダードの問題はどうなりますか? それから日本的雇用慣行を含む日本的経営はどうなりますか?

トロンの印影

社長 日本は別に米国と同じ様にする必要はないので、日本の国益で物事を決めていけばいいわけですが、しかし、それでことはすべて済まないのです。例え話になりますが、次の質問にあなたなら、どう答えますか? 今国益で考えれば、OSはどれを採用するのが得策ですか? ウインドウズですか、マックOSですか、リナックスですか、それともトロンですか?

日本語の使いやすさからいけばトロンです。信頼性からいけばマックかリナックスでしょうが、しかし周りがみんなウインドウズで、多彩なソフトを使うとなると、問題は多いけどオタクならいざしらず、やはりウインドウズですか?あのオタクの岡田斗司夫氏がマックをやめてソニーのバイオに乗り換えるそうです。OSの多様化の時代はまだ大分かかりそうですから。

社長  結局市場を握っている方に、合わせるのが国益になってしまいます。つまり現状ではアメリカンスタンダードに合わせるのが国益になってしまうのです。もちろんヨーロッパが市場を握っているものもありますが、情報となると大筋はアメリカンスタンダードになってしまうのです。日本的経営の問題も同様です。日本文化を守るという国益からは、多分、年功序列、終身雇用ですが、それでは情報通信革命の流れに乗れません。つまり情報通信革命と市場経済主義はペアーになっていますから。例えば、雇用の流動化がなければ、情報通信革命は出来ないでしょう。政治、経済と言う国益からは、やはり日本的経営は崩さざるを得ないということになります。もし崩さなくても、変化または進化させなくてはいけないということになります。私自身は、進化させるべきという考えですが、日本文化や日本的経営を崩さないで、情報通信革命を行うという、欲張りなことを考えています。

ヨーロッパも、ヨーロッパの文化を守りながら、情報通信革命をやろうといっています。

社長  しかしヨーロッパのスピードでは遅すぎると思います。平たく言えば、日本はヨーロッパと米国の中間を狙うべきというのが、私の考えです。残念ながら、ヨーロッパみたいに共同の通貨で米国に対抗できないし、米国寄りにならざるを得ない。でも、やれることはやるべきだと思いますよ。

情報やインターネットなんて、日本の文化を崩すだけで、鎖国をしたほうがよいという人もいますが。

社長  石原慎太郎氏はアメリカに「NOと言え」といっていますが、ジャンクボンド市場を東京に作ろうといっているくらいだから、市場経済主義を拒んでいるわけではないですね、彼の立場は、官僚の支配も米国の支配もNOで、市場経済は、進めて、「米国に対抗しろ」ということだと思います。しかも、日本も技術力を結集して、TMDを開発すべきだと言っています。しかし、もっともっと右の人がいまして、「鎖国をしろ」と言うのです。

右翼でなくても、常識的にかんがえて、情報社会とか、超資本主義社会とは、あまりよくはないと考える人もいます。

社長  鎖国もひとつの選択肢だと思いますが、そのときは覚悟をしなければいけないと思います。鎖国をすれば、技術は遅れる、技術が遅れれば、安全保障の問題が起きます。
 今の世の中、技術イコール軍事力です。簡単なはなし、北朝鮮にいつでもやられる国になってしまいます。それでも良いって言うのなら鎖国も悪くはないわけです。

2000年の人類の歴史とは?

ここらで、話題を目先からマクロに変えたいと思います。西暦2000年を迎えて、歴史の話をお伺いしたいと思います。2000年の人類の歴史とはなんだったのでしょうか?

社長  歴史については、私は全くの素人で、話はその範囲内ということで、お断りしておきます。しかしいきなり大きなテーマで面くらいました。世紀末で、20世紀はなんだったのだろう?という話はよく聞きますが、西暦2000年を迎え、この2000年の歴史はなんだったかという、議論はまったく聞きませんね。おそらく2000年間はなんだったのかとは、説明しにくいのだと思います。キリスト教徒にとっては重大な意味があるのは分かりますが、他の世界の人は、お付き合いの意味しかありません。しかしキリスト教の枠をはずして、高等宗教や体系的思想の発展の2000年とすれば、普遍的な意味合いを持たせることが出来ます。

嘆きの壁

なるほど! 仏教や儒教もこの辺に生まれて発展してきたということですね。

孔子像

社長  仏教や儒教は2000年のちょっと前、イスラム教はちょっと後ということになりますが、だいたいこの辺だということです。勿論歴史というのはいろいろな側面がありますが、私の場合、現在から歴史を捉え直すというような、ことを考えています。現在の人間の営みから捉え直すと言うことですが、人間の営みも範囲が広いので、結局自分の興味のある分野から見ているのでしょうか。私は企業家ですので、その眼で捉えているのですが、経済活動というのは、実は宗教、政治や文化等々、人間の総合的活動の関連での活動ですから、視野は広く取っています。

視野は広いが、単一の目的や視点があると言うことでしょうか?

社長  そういうことです。それでそういう視点から、現在の人類の精神構造みたいなものを考えると、3層で考えられるというのが以前お話ししたことです。文明と近代と通信ネットワークという三つの層で考えているわけです。先回文明とは何に行き着きますかという質問に対して、「宗教かな」といいました。やはり宗教が一番の要素だと思います。おおまかに歴史を考えるときは、近代以前の高等宗教と近代以後の科学技術とという分け方で私は考えています。したがって人類が持つ精神構造の基本ソフト、つまり、科学技術は500年ほど前で、高等宗教は2000年前と言うことになるわけです。コンピュータの類推でいけば、DOSを載せたのが2000年前、ウィンドウズが500年前と言えますでしょうか。

「2000年の人類の歴史とは、DOSの歴史である」ということですね。

社長  2000年以前の宗教は単なるOS、これも文明ができた後と前では、大分違ってきます。正確に分ければ、原始宗教、文明宗教、高等宗教と言う風になりますでしょうか?ところでマイクロソフトのMS-DOSというのは、何を契機に誕生発展したか知っていますか?IBMが採用したからなのですが、同様なことが、高等宗教でもあるのです。キリスト教が確立されたのは、ローマ帝国が国教として採用したからです。仏教が確立されたのはマウリア朝のアショカ王が仏教を国家統治の理念としたからです。儒教が確立されたのは、漢が国教としたからです。このように高等宗教には巨大な帝国がスポンサーになるわけですが、イスラム教はちょっと違って、宗教自身が帝国を作り上げるわけです。だから、宗教というのは極めて政治的なもので、統治の道具だったりするわけです。その点科学というのはわりと非政治的で、これはむしろ経済と密接な関係があるわけです。  
近代において政治的なのは、イデオロギーです。社会主義は勿論ですが、わたしは民主主義なるものもイデオロギーとして見ています。科学とイデオロギーは理性に基づくという点で共通性を持っています。だから科学的社会主義って言い方をするわけです。近代においてはイデオロギーも大きな役割を果たしてきましたが、やっぱり主役は科学じゃないか、というのが私の見解です。「神が死んだ」とか「マルクスは死んだ」とかは、ずいぶん前から言われていますが、「科学の終焉」と言われ始めたのは最近でしょう。しかもこんなにコンピュータが氾濫して、とても終焉したとは思われません。
石仏

科学の終焉

今の情報通信革命も単なるテクノロジーではなく、科学ですか?

社長  根本は科学の発達です。コンピュータの心臓部は半導体です、半導体に関連ある科学が量子力学です。コンピュータの構成はチューリングが考えたチューリングマシンやフォンノイマンが考えたフォンノイマン型コンピュータです。これらはコンピュータサイエンスと呼ばれるものです。量子力学もコンピュータモデルも20世紀前半に発表され、20世紀中頃には実際の機械が開発されました。まさに20世紀が生み出したものです。21世紀に入れば、20世紀の科学の成果がさらに結実していきます。量子コンピュータや量子暗号などは、つい最近の量子力学の成果を実現させるものです。バイオテクノロジーも花開くでしょう。科学に終点はありませんから、テクノロジーにも終点はありません。しかも、環境問題や資源問題は科学技術が解決していきます。

すると人類の未来は明るい?

社長  残念ながら決して明るいとは思いません。環境問題や資源問題は克服しても新たな問題が起こってきます。そもそも『なんでこんなことをやっているのだろう?』という疑問もおきてきます。しかしその回答は見あたりません。これは進歩というよりも、賽の河原の石積みやシジフォスの神話ではないか?という疑問がわいてきます。宗教の時代には、回答がありました。近代にも進歩という回答がありました。20世紀の終わりごろには、回答のない、ニヒリズムが濃厚となってきています。じつはこの問題は日本的経営とか、グローバルスタンダードという問題に絡んでくるのです。国益を考えても、アメリカニズムの方向に歩み寄らざるを得ないとすると、いったいそれで良いのか?という疑問がそれです。米国は一応回答をもっているのです。プロテスタンティズムという国教と民主主義というイデオロギー、以前より弱くはなっていますが、ちゃんと生きています。日本にはそんなものありません。コンピュータネットワークを隅々まで張り巡らせ、何でもネットワークで市場に載せてしまう。経済性をとことん突き詰めても、果たして人の幸福につながるのか?ということです。

日本には回答がないけど、米国には回答があるわけですか?

社長  米国のそれは、弱くなってきていますが、一応回答があります。ニヒリズムもありますが、精神構造の下層には宗教も、イデオロギーもしっかり残っている。その上に、情報通信革命や市場主義を載せようとしている。層構造がすっきりしている。それに比べ日本はバタバタです。ただでさえバタバタなのに、そのうえ情報通信革命や市場経済主義を入れようとするから大変だ。当然嫌がる人もたくさんいます。そういう意味では私も単にどんどんやれという考えではありません。

科学の終焉と言う話がありましたが、どういうことでしょうか?

科学の終焉

社長  近代に入ると、宗教は優勢を失ってきて、イデオロギーや科学が優勢になってきます。しかし20世紀の末になると、イデオロギーも劣勢になってきます。では科学はどうかというと、科学も劣勢になってきているという考え方があります。ニュートン以来科学が世界を解明して行く、という信念が人類にはありました。ところが、やはり20世紀の末になると、その信念がぐらついてきました。科学が発展するにつれ、ますます世界は分からなくなってきたのです。しかし、科学は技術として人間社会に具体化されながら、どんどん発展していく、というより技術が社会や人類の歴史を左右していってしまう。

急速に混沌の闇に突入してゆく…… じゃあどうすればよいのでしょうか、科学を止めればよいのでしょうか?

社長  止めることは不可能です。しかし、それを議論し出したら、徹夜のインタビューになりますよ。

予定の時間がまたまた、オーバーしました。次回は来年になるでしょうが、ますます精力的な経営を期待して、今春のインタビューを終わりにします。